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横浜のロケーションからシナリオを発想させた映画
横浜市に長く住んでいながら一度も行ったことがなかった本牧という土地。この本牧というエリアで映画を撮れないかと思ったのは2015年初めのことでした。本牧はかつてアメリカ軍に接収されながらその文化を吸収し、音楽を中心とした文化の発信地となりました。しかし、その後の鉄道計画の頓挫により、開発された巨大な建物が多く残るエリアとなっています。接収されていた痕跡も今はほとんど見えなくなり、”陸の孤島”と呼ばれるほどアクセスも悪くなってしまったこの土地に、わたしは歴史の地層とも呼べる複雑な魅力を発見していたのだと思います。『ある惑星の散文』の登場人物たちは様々な不安を抱える人間たちです。恋人との新たな生活が始まらない、自分自身は忘れられるかもしれない、そんな不安と本牧という土地が持つ時間の地層が呼応し合うのではないかと考えていました。終盤、映画館のシーンで芽衣子はささやかな生きる希望を見出します。このシーンはまさにマイカル本牧のがらんどうになった映画館から発想したシーンでした。わたしにとって、土地からシナリオを発想することは「ここには人がいるのだ」という映画を撮影する上での根幹を支えるものなのです。
2022年6月5日 トークイベント
濱口竜介(映画監督)

公開2日目は映画監督の濱口竜介さんをお迎えしてトークイベントを行いました。濱口監督と深田監督は『偶然と想像』で監督と助監督の間柄。深田監督は主に2話と3話で演出部をしています。初めに深田監督から本作で表現したかった事について話し、その後濱口監督に本作の感想を聞く形でフリートークを行いました。濱口監督には『偶然と想像』の助監督を始める前に、そして本作の劇場公開が決まりコメントの依頼のタイミングで複数回視聴いただいたのは分かってました。しかし、スクリーンで見るのを含めこれまでに4回(PCで3回、スクリーンで1回)見ていただいたそう。恐れ多いですね。濱口監督は本作について「一番最初に見た時からいいなと思っていたのは、まず風景の捉え方。そして風景の中でだんだん人が立ってくる感じがいいとは思ったんですけど、ただ1回目は率直に言えば退屈したことも結構あるっていうのは正直なところでした。しかし、2回目3回目を見ていると、退屈ってどういう風に感じるかというと、やはりドラマが進行していない時に感じるわけですよね。でもその部分をそういうものだと思って見ていることもあってか、風景の中でうごめいているものとか、聞こえてくるものが舞台になっている気がしました。つまりその一面もドラマとして混ざっていくような感じがあって、劇場で見るとその細部が本当に見えてくるし、聞こえてくるというのもあり、体験としては一番充実したものでした。」とお話しいただきました。

またその後は演出やロケーション選定の考え方についての話が展開。ロケーションについて興味深い話がありました。本作は横浜の本牧を舞台に脚本を書きながらシナハンも行い、ロケーションを意識しながら制作した経緯がありましたが、濱口監督は「僕は本当に深田さんみたいに場所に対する感覚っていうのは殆どないんですよ。脚本を書いている時も、場所のことは殆ど考えないです。場所を決める時は、ちゃんとカメラを置く場所があるかっていうこと。その時にもちろん芝居の動きというのは考えますが、カメラがある程度引いておければ大丈夫かなと考えてます。多分、世代的な事もあって、もうここで撮らなきゃいけないとなったら撮るっていう風なことがひたすらあったので、場所に関しては徹底的にこだわらないっていうことをしているんですよ。なので、とある場所から映画が生まれてくる、そしてそれは場所を多少うまく撮るというレベルじゃなくて、その場所に本当に人がいることをやっている映画っていうのはどうやって作っているのかをすごく聞いてみたいなと思ってました。」とトークイベントの時間ギリギリまで話がつきませんでした。フォトセッションも会話しながらでした。改めて、濱口監督本作を応援いただきましてありがとうございます!!
2022年6月10日 トークイベント
月永理絵(ライター・編集者)

6月10日はライター・編集者の月永理絵さんをお迎えしてトークイベントを行いました。パンフレットにも寄稿文をいただき、応援コメントでも「これは、自分の音を探究する二人の女が出会うまでの物語だ。」と月永さんは本作の音に注目。音から登場人物の心情についての解釈を行う、ユニークな視点を切り口にトークイベントが始まりました。まずは、主人公のルイについて「様々な環境音に囲まれ、見ていて苦しく感じました。ルイが新しく住む埠頭近くの環境も、彼とのリモート時の音も。どこか騒々しく心が落ち着く様子がなく、それが彼女の心情を表現しているようにも感じました」と、音からルイの複雑な心情についてのお話を。

一番印象的だったのは、芽衣子が映画館に訪れるシーンと月永さん。「それまでは少しノイジーな環境音に包まれながら進んでいた物語が、そのシーンでは静寂に包まれる。芽衣子の靴の音が映画館に響き渡る様子は、それまでどこか小さな存在に見え、環境に埋もれていた彼女の存在を大きく感じさせる。その靴の音が物語のラストに向けても引き継がれていた。物語前半では、誰かに自分の事を忘れないで欲しいと願うも、進み出すことを躊躇していた彼女が自分の居場所や存在を再度見つけたように感じられました。」音を切り口に、本作の登場人物の心情描写・ドラマ性に迫り、非常にユニークな視点からこの映画についてお話しいただきました。音に注意しながらもう一度見たくなりますね。月永さん、トークイベントにご登壇いただきありがとうございました!
2022年6月11日 トークイベント
井口奈己(映画監督)
6月11日は映画監督の井口奈己さんをお迎えしてのトークイベント。井口監督からは公開前に応援コメントもいただきました。まずは深田監督から井口監督に率直にスクリーンで見た感想を伺います。「家のテレビで見ていて気づきませんでしたがスクリーンで見て、ルイと芽衣子で経過する時間の進み方が違いますよね。」とキャラクターによって時間の進み方に差があることに着目する井口監督。深田監督も「一人一人、時間が経過するのは体感として差がありますし、それは意識的でした」と。その他にも劇場のシーンで芽衣子と兄(マコト)の同じ家庭で育った兄弟でも物事の記憶の仕方、着眼点の差についての話や、劇版について話が膨らんでいきます。

そして井口監督がも本作で注目したポイントは、前日の月永さんとの話でも上がった音について。映し出されたフレームの中で起きている音と、実際に現場で起きている音の取捨選択の仕方について、それに伴う演出的な話は非常に興味深い話でした。井口監督の「普段、私たちが聞いている音はなんでもフラットに聞いているようで実は取捨選択をしている。初めてマイクで録音した時に感じたのは取捨選択されていないフラットな音だった」と話し、音と演出の関係や、現場での録音の重要性を改めて感じたトーク内容でした。井口監督ありがとうございました!

2022年6月12日 トークイベント
諏訪敦彦(映画監督)

6月12日は映画監督の諏訪敦彦さんをお迎えしてトークイベント。深田監督の母校である東京造形大学で映画専攻の教授をされていた諏訪監督。先生と教え子のトーク、どのような話が展開されるか楽しみです。まずは深田監督から諏訪監督に率直にスクリーンで見た感想を伺いました。「深田監督がドラマを撮るのが意外でした。そして深田さんはとても謙虚な人だと思うけど、この映画は監督の人柄とは打って変わって観客に態度変更を求めているように感じました」とまずは深田監督を昔から知る諏訪監督だからこその発言。また「通常の映画とは違い、この映画は物語が始まるまでの映画。一般的なフィクションは登場人物の行動で物語を牽引するけど、この映画は場所がその役割を担っている気がする。」と映画の考察を進めていきます。

そして最も興味深かった話は、映画館のシーンへの言及でした。本作で芽衣子と兄(マコト)が映画館に”侵入”するシーンがあります。しかし管理がゆるいのかとてもすんなりと入れてしまう。「通常のフィクション映画であれば、建物への入り方をしっかり撮ると思うけど、あれはなぜ?」と諏訪監督が質問しました。「通常はいろいろな手続き(裏口から入る、鍵を探すなど)が必要だけど、この場面ではなんとなく入ってしまえると思った」と深田監督が答えると「そうなんだよね。このシーンでも深田監督の中でやりたい意図(どのような映画を撮りたかったか)を感じることができましたし、あの場所は彼らのことをすでに知っていて迎え入れたんだよ」と。映画を観た方にはこの意味がなんとなくわかるかもしれませんが、とても言い得て妙な話をされるなと観客の皆様も驚いたのではないでしょうか。短いトークイベントの時間はあっという間に終わりの時間が近づき、もっともっと聞きたかったと思える非常に素敵な時間でした。諏訪監督からはパンフレットへの寄稿文もいただきましたのでぜひパンフレットも読んでみてください。諏訪監督ありがとうございました!